いっこまえのエントリーで書いていた、桜と南赤です。
書いてみたのでとりあえずブログにあげてみます。
いきなり事後なので注意してください。
よろしければ続きからどうぞ。
春の夜の底は静かだった。
赤木は気をやると、しばらく南郷の肌の上で息を潜めていた。まるで岩の隙間に潜む、つめたいとかげのように、身じろぎもせず伏せていた。やがて体をはがし、寝床からのろのろと起き上がる。マッチを擦って煙草に火をつける。倦怠感と疲労から、うとうとしていた南郷は、まだ起き上がれない。
炎に浮かび上がった赤木の白い顔を眺めながら、なんで俺なんだ、と唸った。赤木は、まるでさっき殺した男が生き返ったみたいに驚いた顔をして、横たわる彼を見返した。
「……さあ、なんでだろ」
赤木は悠長に煙草をくわえて、煙を吐き出した。枕元に転がっている灰皿に押し付ける。それで南郷は、一本吸い終わる、五分くらいの間、じっくり彼を眺めていたことに気付いた。火が消えて、明かりがなくなる。それでも白っぽい彼の体が透けて見えるようだった。赤木は派手ではないが、端正で無駄のない体をしていた。媚のない、道具めいた愛想のなさ。しみひとつなさそうな肌は、しかしひどく渇いていた。
南郷は、彼の充実した若さに逆らえないのを感じた。だが同時に、その肉体に魅力を覚えているのかといわれれば、未だにわからなかった。なぜ寝ているのかといえば、赤い目で求めてくるからだ、としかいえなかった。
「……13のときあんたと逢って、初めて博打をして……あれから千や億の勝負も、いくつかしたよ。あんたの300万なんか、命を賭けるにしちゃケチな金さ。でもそれがあんたの命銭で……子どもの俺の牌に命を乗せて、息絶え絶えだった……」
俺の牌に大金賭けた男も、腕一本賭けた男もいたが、俺の共犯になってくれたのはあんただけだよ。男でも女でも……欲望が俺の上をうわっすべりしていくのに、あんただけは違った。……まあ、要するに好みなのかな。
赤木はけだるそうに髪をかきあげると、そのまま布団に潜り込み、薄目を閉じた。
「別に、なにかして欲しいわけじゃない……あんたが独りのうちはこうやって寝床に潜ってりゃいいし、お互い年食ってあんたが結婚してガキでもできたら、抱きにきてやるよ」
そのまま赤木は、薬でも吸ったみたいに静かに寝入ってしまった。
命の恩があるということは、あの夜彼に殺されたということだ。
その気配で、南郷は以前ほど、独り身のみそらや、若い男を寝床に引き込むのを侘びしいとは思わなくなっているのに気づいた。わざわざそれを告げる野暮も知っていた。待たざることが待ち方だった。
赤木は朝起きると出し抜けに、花見にでもいこうよ、とねだった。朝飯のあとに、煙草を吸いながら、とても当たり前で簡単なことのように言った。
「花見って……桜を見に行くのか？」
「そうだよ」
「どこにいくんだ」
「別に……その辺の土手を、ぷらぷらするだけでいいさ」
いっしょにいかないか、と言われて、着替えて外に出た。
あてがあるのかないのか、ふらふら歩いていく赤木についていった。
しばらく歩いて、本当に近所の土手についた。花はもう、盛りをすこし過ぎて、風に吹かれるまま、はらはらと落ちてゆく。
赤木は真っ青なシャツに、押入れから引っ張り出して勝手に着ている、南郷の毛玉の浮いた白いカーディガンを羽織っていて、もう垢に汚れているそれが不思議と真白く見えて、花吹雪に紛れそうに見えた。
ふっと不安になって、南郷は尋ねた。
「赤木、お前いくつになる？」
「さあ……」
「二十四だ」
仕方なく南郷が指折り数えて教えると、赤木はけろけろ笑った。
「なーんだ、知っているんじゃない」
赤木は立ち止まると、煙草に火をつけた。半歩後ろにいた南郷が並ぶと、なにか新しい発見のように言った。
「俺って、まだ、若いんだなあ」
「……早く年を取りたいか」
「別に」
赤木は薄く笑い、情のこもった目で、南郷を見上げた。南郷は若さの無残さを感じた。彼の人生は密度が濃いのだろう。生き急いでるのか、そうしなければならなかったのかは知らないが。その生命の太さが、木っ端舟みたいな俺を引き寄せて救った。だから俺は、もっと楽にしてやりたいと思ってたよ。けど、俺には引き受けられないんだなあ。
[12回]